事業の変更や拡大等に伴い、先願・先登録商標の出願時には使用を予定していなかった商品・役務について、当該商標を使用する必要が生じる場合があります。我が国の商標法上、先願・先登録商標に新たな商品・役務を追加することは認められていないため、このような場合においては、商標の一元管理の観点などから、先願・先登録商標と同一の商標について、先願・先登録商標で指定していた商品・役務を含めた新たな出願を行うことが想定されます。
なお、現行の『商標審査基準』では、第18の「その他」の項目のなかで、同一人が同一の指定商品又は指定役務について同一の商標を出願した場合、「商標法第3条の趣旨に反する。」との拒絶理由を通知する旨が規定されています。
<特許庁資料より> 『商標審査基準』第18 その他 2.
これは平成29年における運用改正を反映したもので、それ以前においては、「商標法制定の趣旨に反する。」との文言で拒絶理由が通知されていました。商標法上、審査官が拒絶理由を通知する場合、同法15条に列挙された条文番号(例えば、3条や4条など)に係る拒絶理由に基づいて通知すべきところ、運用改正前においては、一定の要件に該当するケースについては、具体的な条文番号を伴わない、すなわち、法的根拠が不明確な「商標法制定の趣旨に反する。」との文言による拒絶理由が通知されていました。※当該運用は、実務担当者の間で、「趣旨違背」や「精神拒絶」という名称で呼ばれています。
ところで、平成29年の運用改正に伴い、上述の拒絶理由に係る文言が「商標法制定の趣旨に反する。」から「商標法第3条の趣旨に反する。」に変更されたことに加えて、同一の指定商品又は指定役務であるか否かの判断基準も変更されました。現行の運用では、同一の指定商品又は指定役務であると判断されるケースは以下のようになっています。
※右側が先願・先登録に係る引用商標の指定商品又は指定役務で、左側が後願に係る本願商標の指定商品又は指定役務を表したものです。また、アルファベットの大文字は包括表示を表し、小文字は個別表示(大文字で表したものに包含される表示)を表したものになります。以下同様。
現行の運用 ケース1:同一の指定商品又は指定役務であると判断される=趣旨違背とされる


ケース1は、本願に係る指定商品又は指定役務と引用した先願・先登録商標に係る指定商品又は指定役務とがすべて同一である場合と、本願に係る指定商品又は指定役務が全て引用した先願・先登録商標に係る指定商品又は指定役務に含まれている場合です。後者は、すなわち、先願・先登録商標に係る指定商品又は指定役務の一部を指定して新たに出願したものであり、このような場合には、後願のような新たな出願をしなくとも、先願・先登録商標に係る指定商品又は指定役務から不要な指定商品又は指定役務を放棄(一部抹消)すれば同様の結果が得られるため、「同一の指定商品又は指定役務」であると判断することとされています。
一方、現行の運用として、同一の指定商品又は指定役務であるとは判断されないケースは以下のようになっています。
現行の運用 ケース2:同一の指定商品又は指定役務であるとは判断されない=趣旨違背とはされない

ケース2は、本願に係る指定商品又は指定役務のうちの一部が引用した先願・先登録商標に係る指定商品又は指定役務と同一である場合や、引用した先願・先登録商標に係る指定商品又は指定役務が包括表示であり、本願に係る指定商品又は指定役務がそれに含まれる個別表示の場合で、これらの場合は「同一の指定商品又は指定役務」とは判断しないこととされています。
<特許庁資料より> 『商標審査便覧』41.01 商標法第3条の趣旨に反する場合の審査運用について
他方、改正前における過去の運用において、同一の指定商品又は指定役務であると判断されるケースと判断されないケースは、以下のようになっていました。
過去の運用 ケース①:同一の指定商品又は指定役務であると判断される=趣旨違背とされる


過去の運用 ケース②:同一の指定商品又は指定役務であるとは判断されない=趣旨違背とはされない

上掲の通り、運用改正前においては、同一の指定商品又は指定役務であるとは判断されないケースが極めて限定的であったことがわかります。商標の一元管理の観点から、先願・先登録商標と同一の商標について、先願・先登録商標で指定していた商品・役務を含めた新たな出願を行うことを希望する商標権者からすれば、改正前の運用は大きな障害となっていました。
なお、現行の運用に話を戻しますと、たとえケース1の場合であっても、出願人から本願の指定商品又は指定役務が先願・先登録商標に係る指定商品又は指定役務とは国際分類の版が異なることなどにより、実質的に商品・役務の内容が相違するとの主張がなされ、その事実が認められる場合には、「同一の指定商品又は指定役務」であるとの推定が覆ったものとして、当該拒絶理由は解消するとされ、状況によって柔軟な判断が下される余地もあります。