特許庁により、令和8年4月1日から施行予定の「方式審査便覧」の改訂案が公表されました(2026年2月20日までパブリックコメントの募集期間になっています)。このうち、運用明確化のために新設されたものとして、商標の通常使用権に関する取扱い(64.30)があります。
商標法31条4項では、商標権について通常使用権を登録することにより、その後、商標権の移転が行われた場合や新たな専用使用権が設定された場合でも、その者に対して効力を有し、通常使用権者の地位は覆されない旨が規定されています(※)。一方、通常使用権者が商標権者となった場合、すなわち両者が同一人となった場合には、商標登録令7条3号の「混同」の規定により、職権で通常使用権の「消滅」が登録されることになっています。これは、相対立する二つの法律上の地位が同一人に帰する場合に、両立させておく価値が無いと判断されるためですが、逆に、二つの地位を両立させる価値がある場合には、「混同」による権利の「消滅」を生じさせるべきではないと考えられます。
上記の考え方に基づき、ある商標権に通常使用権が登録された後、当該商標権に専用使用権が設定され、さらに、通常使用権者が商標権の移転を受けて商標権を取得し、商標権者と通常使用権者が同一人となった場合、「混同」によって通常使用権を消滅させてしまうと、商標権を取得する前の状態と比較して不利益になることから、このようなケースにおいては、通常使用権者の権利を「消滅」の職権登録の対象から除外することが明確化されることになりました(「方式審査便覧」64.30 新規)。
※民法605条では「不動産の賃貸借は、これを登記したときは、その不動産について物権を取得した者その他の第三者に対抗することができる」旨が規定されています。そもそも、物権(所有権)は当事者間だけでなく、それ以外の第三者に対しても一定の要件(登記等)が満たされれば法律上主張できる権利であるのに対し、債権(賃借権)は当事者の間だけで主張・行使できる権利のことであって、物権>債権という優劣関係が生じます。これを商標法の使用権に置き換えるとすれば、専用使用権が物権に相当し、通常使用権が債権に該当することになりますが、賃借人の利益を保護する観点から、先だって賃借権の登記を行った場合には対抗要件が生じ、本来超えられないはずの物権を超えることになります。商標法31条4項は、当規定と同様の趣旨によるものとされています。
<特許庁HPより>「方式審査便覧」改訂案に対する意見募集 「方式審査便覧」改訂案
なお、特許法では、平成23年の法改正により通常実施権の当然対抗制度が導入されましたが、商標は特許とは異なり、実務上、一つの商品について多数の商標ライセンス契約が締結されるといった複雑な状況は考え難く、通常使用権の登録が困難な事情は見当たらないことや、第三者が意に反して通常使用権付きの商標権を取得してしまった場合、出所識別機能や品質保証機能が発揮できなくなるおそれがあることから、当然対抗制度を導入しないこととした(登録対抗制度を維持することとした)経緯があります。